レオタードのにほい 「プロローグ」

 

の土曜日の午後は、雲ひとつ無いみごとな秋晴れであった。ほんのわずかに夜の気配を含んだヒヤリとした風が、無人のグランドを吹き抜けていく。
全国的に スポーツ有名校として知られる若葉学園は、この時期、秋の大会のラッシュだ。普段であれば広大なグラウンドは、週末であっても野球部なりサッカー部なりが練習をしているはずであった。

ところが今日はちょうど、両部とも大会決勝戦で出払っており、他の生徒たちも応援のために競技会場へ動員されている。また、他の運動部もそれぞれ、なにかしらの事情で練習しておらず、予期せぬエアポケットのように静かな土曜日となっていた。
しかし、グランドから見て校舎の向こう側に位置する第二体育館の中だけにはいつもの熱気がある。

 

藤田博子が顧問を務める新体操部は、来週に競技会を控え、入念な練習を行なっていた。
去年までであれば、練習など休みにして、他の部の応援に狩り出されていただろう。
だが、今年は事情が違う。春の競技会では入賞、夏の大会ではニ位の成績を収め、いまや、それまでの強豪校が、最も
警戒するような新興チームになっていた。

博子が赴任してくるまで、まったく何の戦績も無かった新体操部は、若葉学園のようなスポーツエリート校にあっては在校生ですら知らない者が多かった。事実、一昨年は廃部の危機に見舞われるのだが、理事長の鶴の一声で存続が決まった経緯がある。
現役時代、数々の競技会で個人総合優勝の実績を持つ博子は、理事長の強い要請で、この学園に赴任してきたのだった。彼女は、それまで在籍した全ての学校の新体操部に輝かしい成績をもたらしており、それを知った理事長もまた、新体操部再建を彼女に託したのだ。

まもなく三十路を迎えるこの女教師は、その美貌に年齢相応の陰りも見えたが、それでも校舎を歩けば、だれもがハッと振り返るような輝きを放っていた。そのことからしても、現役時代の美しさは容易に想像できたが、それは彼女の人間的魅力のほんの一部に過ぎない。新体操の指導もまた、聡明、的確で、教わるものの心を掴んで離さないものであった。
一流の放つオーラとでも言おうか、それまで学園のお荷物扱いで、練習も休みがちだった部員達も、彼女に感化されるように見る見る本来の新体操への情熱を取り戻していく。博子は、新体操に誰よりも真摯に向き合っていたし、生徒たちに対しても妥協を許さない。指導は厳しかったが、それでも部を去る生徒はいなかった。

 

一方で、彼女は部員たちへの思いやりも忘れない。

いつも練習用のレオタードだけでは楽しくないだろうと、大会の前には競技用のレオタードを着用して練習する日を設けたりした。それまで、弱小チームゆえに試合の少なかった部員達は、当然華やかな競技用レオタードをお披露目する機会にも恵まれない。
(せっかく選びに選んだレオタードなのに…)
最初、博子がその練習を提案した時には、恥ずかしがっていた部員達も、「綺麗よ!綺麗!」という美人顧問の褒め言葉に気分を良くしたし、自信も持つことができた。いつからかワクワクとその日を待ち望むようになり、いきおい練習も熱心になっていく。互いの美しい装いを見せっこするうちに、ライバル心も育ってくる。本番の衣装を身に着けて練習することで緊張感も出たし、反対に競技会当日には、必要以上にプレッシャーを感じなくて済むという効果もあった。
もっとも、これは博子の狙い通りとも言えるのだが。

そんな練習日には、博子も競技用の衣装を着用し、実際に難度の高い技を実演して見せた。部員達は、衰えることのない博子の美しい演技に感動し、大いに刺激を受けメキメキと実力を増していく。

しかし、薄いレオタードをまとい、美しさを競う新体操は、とかく男性の好奇の目線に晒されがちだ。男子生徒達は、体育館の外からチラチラとこちらに視線を送っていたし、同僚の男性教師や教頭、あきれることに用務員まで、なにかと言っては体育館を覗きに来る。

 

(なんて不潔な人達!新体操は立派なスポーツなのに)
そのたびに博子は、軽蔑と非難の視線を彼らに送ったが、部員達はまんざらでもない様子だった。彼女達からすれば、ちょっとしたアイドル気分だったのだろう。たしかに博子も現役時代には、そんな浮かれた思いもあった。

しかし、大人となった今は違う。

肌にピッタリと密着したレオタードを見つめる男たちの視線は、実はその下に包まれた彼女らの裸体を舐めるように見透かしているのだ。
博子自身も部員たちに実演指導している時に、何度となくそんなイヤらしい視線を感じる。
「藤田先生の身体ってエロ過ぎだぜ!」
「うおっ!股間の食い込みがたまんねぇ」
聞こえないと思っているのか、そんな許しがたい会話も練習中によく耳にするのだった。博子は、その度に体育館の外に鋭い視線を送るのだが、声の主が誰なのかはわからなかった。

そんな、男たちの目線も今日は気にする必要はない。


 
 

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